もう半世紀も昔になるが、NHKの「ラジオ歌謡」に「さくら貝の歌」というのがあった。
 誰の作品なのか、また、誰が歌ったかも忘れたが、心にのこる抒情的な作品であったと思う。



♪ 麗しきさくら貝一つ 去り行ける君に捧げん
    この貝は去年(こぞ)の浜辺に 我ひとり拾いし貝よ

     ああなれど わが想いはかなく うつし世の渚に果てぬ ♯


 今の荒っぽいような元気なラジオ歌謡と違って、しんみりとした情緒
があった。芸術性があった。そして聞く人の心にいつまでも語り掛けた。名作とは、こんな作品を言うのだろう。家の前の道路を二人の女性が合唱しながら歩いていたことを思い出す。

 高知市の桂浜の砂浜に見つけた可憐な貝殻。これぞ「さくら貝」かも知れぬと思って拾い上げた。はるか遠くの海原の果てには外国船らしい汽船が浮かんでいた。私は「さくら貝の歌」を口すざみながら、遠い海岸を歩いた。

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