航空隊に入隊した高木愛吉は毎日の特訓に耐えた。そして遂に特攻機に乗ることを志願した。それが許可されたある日、高知県の空を飛行した。故郷への最後の別れのつもりであった。懐かしい小学校が見えた。校庭の銀杏の木も見えた。そして長年住んでいた通町の我が家は、あまりに小さくて見えなかったという。飛行機はしばらく上空を旋廻して、九州の基地に帰還した。
 
 知覧の飛行場では、連日のように特攻機が出撃した。女子挺身隊の長い列、旗の波に見送られて、隊員たちは笑顔で出陣した。やがて愛吉にもその番が巡って来るのだが、特攻機を見送る女子挺身隊の中にあこがれの女(ひと)がいた。美保といった。それは恋人と呼ぶには余りにも冷静であった。鼠色のモンペ服で、胸には大きい文字の名前を付けていた。二人は目が合うたびに心が燃えた。しかし一度も話し合ったことは無かった。暗黙の中に、お互いが愛を感受していたのであった。

 いよいよ出陣の時、女子挺身隊は一列に並んで日の丸を振った。美保は飛行機に一番近い場所に居た。愛吉はこれが最後だと思った。せめて死ぬ前に、一言彼女に自分の心を伝えたい。しかし轟々たる爆音の中で、何を叫んでも聞こえるはずはなかった。その時、愛吉が突然風防ガラスを開けて立ち上がった。そして得意の手旗信号で「アイシテイマシタ オゲンキデ」と伝えた。

 当時は国民の間では手旗信号は常識であった。信号を受信した美保は旗を一層高く上げて、ちぎれんばかりに振った。愛吉の愛を始めて受け入れた瞬間である。安心した愛吉は、やがて発進し翼を交互に振りながら彼女に応え、遥か南の雲間へと消えて行った。美保は、いつまでもいつまでも小さくなっていく機影を見送っていた。特攻機は、片道の燃料しか積んでいなかった。一度飛び立った以上、帰還できなかった。美保との淡いロマンスも永遠に消えた。

 「しかし読者諸兄姉よ、愛吉の物語はこれで終焉を迎えたのではない。このあと実に信じられない出来事に発展していくのである」

(写真は日本海軍最後の戦闘機、紫電改)

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