すべてが廃物利用だった。肝心の対物レンズは壊れた丸い老眼鏡の玉を使った。老眼鏡は極く度の弱い凸レンズで出来ているので、天体望遠鏡の対物レンズを代用できた。一方手前のアイピースは、机の引き出しの中に長い事眠っていたルーペを二枚重ねて利用した。当然景色が逆さに見えるケプラー式の天体望遠鏡であるが、倍率は20倍くらいと推定した。

しかし対物レンズは色消しでないと、このまま使用すると多くの収差が出る。そこで口径を25ミリ位に絞って、収差の軽減を図った。古い写真機の三脚に鏡筒を載せた。これですべてが完了である。後は夜を待って、テストするだけである。

その日は、確か1948年の大晦日であった。家族の者は部屋で年末恒例の歌謡番組を聞いていた。当時はまだテレビはなく、ラジオもNHKの第一オンリーであった。中庭に完成したばかりの天体望遠鏡を持ちだした。その頃、肝心の本田彗星は既に南下して日本の空から見にくくなっていた。東南に名月で有名な筆山が見えている。その上に高く木星が輝いていた。

私は見た瞬間驚いた。まるで提灯でも見るように木星は大きく明るく見え、有名な四つのガリレオ衛星が行儀よく並んで輝いている。夢中になってラジオの音はもう聞こえなかった。廃物を利用し、苦心して造った望遠鏡で、ここまで見られたことに感動し、しばし恍惚として夢の中であった。すべての第一歩であった。望遠鏡はその後改良を重ね、やがて彗星発見を夢見た新しい生活が始まるのである。

(写真は木星と青い天王星とのランデブー。木星の四大衛星も見えているが、左の端の衛星は2個重なっている)

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