今年の戌年に因んで、もう一つ犬の手柄話をしよう。それは確か太平洋戦争も激しくなった昭和19年だった。しかし地方の街はB29等による爆撃の対象外とされていた。その夜は確か氏神様で夏祭りのあった夜であった。大都会では空襲によって、街が廃墟と化して行く中、地方都市では案外呑気であった。

 父と二人で夏祭りから帰宅したとき、家の前の製紙工場を点検した。これは工場長だった父の任務でもあった。ところが不思議なことに門の鍵がかかっていなかった。不審に思った父は工場の中に入ったが、その時、ついてきていた犬の「ジョン」がいきなり吠えながら、暗い工場の中に向かってと突進した。何か怪しいものを発見したのだ。

  父は懐中電灯を照らしながらガランとした工場の中を見回った。誰も居なかった。そして「つとむ、時計の音が聞こえないか?」とつぶやいた。森閑とした夜の工場の中は変圧器の「ブーン」というかすかな音がするだけで、死んだような静寂をたたえていた。

「何も聞こえないよ」と言うと父は「いや、確かに時計の音だ」といって、大きいモートルの置いてある場所に近かづいた。そして「これはなんだ!?」と頓狂な声を上げて、一つの物体を照らした。そこには緑色に塗られた不気味な箱があった。「カッチン、カッチン」という、幽かな音はどうやらその箱の中からの様であった。突然父は「危ない!散れ!!」と大声で叫んだ。

 工場の中で発見された箱は、なんと時限発火装置であった。(一体誰が何のためにこれを仕掛けたのか?)子供の私には理解できなかったが、前にも語ったように「関製紙工場」は、和紙で「風船爆弾」の材料を製造する、軍需工場でもあった。土佐和紙は薄く軽く、しかも強靭なことから風船の格好の素材となったのである。スパイの魔の手は、地方の工場の中まで侵入していたのである。

 201710月、東亜天文学会の年会が福島市であって出かけた。そして田村市の「星の村」を見学したが、その時、福島県で作られたという「隼1号」が小惑星「イトカワ」からの「玉手箱」を吊るして着地した時の、落下傘の生地を見せてもらった。その軽くて強靭さに、ふと戦時中の「風船爆弾」に使われた土佐和紙の事を思い出したのである。

(写真は西暦2000年頃NHKで放送された番組から。気球の直径は10メートルもあった)

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