「火星には謎の運河がある」これを唱え始めたのは、アメリカのローエル天文台の台長ローエル博士で、今からざっと100年くらい前の事です。ローエル天文台はアリゾナ州の砂漠に立つ天文台で、きわめて澄明な大気にめぐまれていました。しかし一方では”運河なんか見えない”というイタリアの天文家もあって大きな論争となりました。

 このローエルの発表を受けて、日本でも戦前から多くの観測者が火星に挑戦しました。そして我もわれもと見事な運河を描き上げました。当時は今の様な感度の高いCCDカメラはなく、みんなスケッチでした。”運河がある”と言われると、そのような先入感を持って描きました。火星の両極から、赤道地帯に掛けて掘られた運河は地球で言えば中国の”万里の長城”に匹敵する大土木工事といわれていました。火星にはよほど知能の発達した高等動物がいると信じられていたのです。

 1958年頃の大接近だったと思います。私の友人で、火星を特に熱心に観測している山本さんという方がいました。高知県では有名なお寺の僧侶でしたが、一度五台山を訪ねて火星を観測したことがあります。口径20cm、300xで見た火星は見事で、白い極冠が輝やいていました。そして鮮やかに極冠から黒い無数の筋が赤道に向かって伸びていました。

 「今夜も運河が見えていますね」と山本さんはレンズを覗きながら語りました。しかしそれらの影は盛んに陽炎のように揺れて落ち着きませんでした。証拠になるのは写真撮影ですが、この状態では撮っても、なかなか定まらないだろうと思いました。結局、地上からの観測では、運河の決定的な姿を捉えることはできませんでした。

 1958年、静岡県の伊豆半島でおこなわれた「火星会議」には、全国の多くの優秀な観測者や碩学が集まりました。火星には当然沢山の運河があるものとしての研究が発表披露されていきました。しかし1960年代に入ってからのマリーナ計画による探査機からの観測は、それまでの定説を覆す衝撃的なものでした。


(写真はローエル天文台の大屈折望遠鏡で、火星を観測するローエル氏。この時彼は無数の運河を見た!)
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